見捨てられた母娘
佐藤博史は目が覚めてすぐ、まぶたが腫れぼったい事に気がついた。更に、頭がずっしりと重い。これが、痛飲した翌日になる宿酔いである事を理解すると、博史はまず体のあちこちをまさぐってみた。
「財布はある。携帯は・・・おっと、ちゃんと枕元に置いてあるじゃないの。感心、感心・・・」
幸いにも、ここは自宅の寝室であった。その上、失くした物もなければ、上等と言えよう。博史は全身を覆う気だるさにめげつつ、ふらつく足で寝室を出て行った。
「水が飲みたいな。そういやあ、俺、どうやって帰ってきたんだろう」
途切れ途切れの記憶を繋ぎ合わせてみると、昨日は日曜で確か競馬に行ったはず。そこで、いくらか儲けたので、競馬場で出会った博打仲間と飲みに行ったのだ・・・と、そこまでは博史も覚えている。
同席したのは麻雀仲間でもある、不動産屋の佐久間、それにスナックを経営している今泉の二人。佐久間は若い頃やんちゃをしており、背中に彫り物が入った五十男。今泉は元トラック運転手で、見た目のいかつい三十半ばのやもめ。どちらも博打狂いのため、気の合う仲間だった。
「あいつら、どうしたっけかな・・・」
よくよく思い返してみると、泥酔した自分を送り届けてくれたのは、あの二人であった。そして、玄関まで出迎えてくれた妻の清美に、旦那さんを責めないであげてくれと懇願していたのも、あの二人ではなかったか。たまの日曜、女房子供をほっぽらかして競馬に行くような夫を、妻はかなり責め立てていたような気がする。その時は酒が入っていて何とも思わなかったが、今思えば妻に対し、罵詈雑言を浴びせたような記憶もある。
「やばいな、こりゃ・・・」
寝室に妻の姿はなかった。となると、怒って別の部屋で寝ていると考えられる。まさか子供を連れて実家に・・・などと考えていると、客間の方から明かりが漏れている事に気がついた。
「あそこで寝てるのかな・・・」
三十年ローンで買った自宅の中をそうっと歩き、博史は客間の襖を開けてみた。すると、思った通り妻はそこで布団の上に寝転がっているではないか。ところが博史は、やれ一安心とはいかなかった。
「あ、あれ?」
客用の敷布団に妻、清美が仰向けに寝ている。十年連れ添った伴侶である。それに間違いはない。ただし、彼女は全裸であった。まだ小寒い日もある、五月の半ばにも関わらず。
いや、それだけならば大した話ではなかった。問題は清美の両隣にいる、二人の男である。しかも、博史にはその男たちに見覚えがあった。妻を真ん中にして、向かって右側が佐久間、左側が今泉である。
「こっ・・・これは一体・・・」
寝ている妻の足の付け根部分に注目すると、激しい情交の残滓が見受けられた。肉穴はぽっかりと開き、陰毛などは乾いた粘液がこびりついてごわごわ。おそらく──というか、佐久間達に乱暴されたのだろう、部屋のあちこちに清美が抗ったような跡が残っている。
おまけに佐久間も今泉も全裸である。特に、佐久間の男根には雁首を取り巻くように、得体の知れない球体が埋め込まれているではないか。妻はきっとこれを見て恐怖し、思いもよらぬ辱めを受けて泣いたのであろう。頬には幾筋もの涙が流れた跡があった。
「どうしたら良いのか」
妻と二人の男たちは眠っている。客間の掛け時計を見ると、午前六時半。後、三十分もしたら博史は会社へ行かなければならない。さらに、家には小学校に通う娘もいるのだ。
このままにはしておけない。しかし、後、三十分でこの状況を何とかできる自信は無かった。そこで、博史の取った行動とは──
「そうだ。会社に行こう」
現実逃避。それが唯一、妻を寝取られた間抜けな夫が出来る事だった。
だが、出社して間も無く、博史はやはり懊悩する事となる。何せ、家にか弱い妻と子、それにいかつい男たちを残し、自分だけさっさと会社へ来たのだから、無理もない。
(あいつ、どうなったかな)
今になって妻の事を思えども、何ともしようが無いのは分かっている。もう佐久間達も起きているだろうから、清美はどう対処しているのだろう。
本当の所を言うと、博史は妻に会うのが怖かったのである。昨晩、泥酔して帰った挙句、妙な男たちを連れてきて、更にはその男たちから辱めを受けた妻に、なじられるのが怖いのだ。
(下手すりゃ離婚だ。原因が原因なだけに、千晶とも離れ離れになるかも)
千晶とは、可愛い盛りの愛娘。妻はともかく、子供と離れた生活だけは考えたくなかった。
今は午前十時。携帯電話に着歴は無い。
(という事は・・・)
妻は起き掛けに、また佐久間達から辱めを受けているのではないか。あの、球入りの極太棒で、何度も何度も清美は犯されているのではないだろうかと、博史は思うのだ。
(佐久間だけじゃない。今泉だって・・・)
なにせ、三十半ばのやもめ男である。やりたい時にやりためておこうと、清美を散々に抱いてはいないだろうか。二人とも昼間は割と時間に自由な身である。佐久間はもともと事業のほとんどを社員に任せ、放蕩三昧だったし、今泉はスナックの開店まで、随分と時間がある。それまで、妻は二人から交互に辱めを受け、女泣きに泣かされる・・・そう考えると、胸が張り裂けそうになる博史であった。
午後になっても、妻からは何の連絡も無い。いよいよ焦った博史は、佐久間の携帯へ電話をかけてみた。幸い、佐久間はワンコールで出てくれた。
「はい、佐久間だけど」
「あ、俺。佐藤だけどさあ・・・」
博史はいつもの博打仲間へ話し掛けるようにした。まさか、いきなり俺の嫁さんとやりやがってこんちくしょうと言う訳にもいかない。
「佐久間さん、今どこに居るの?」
「え?自分の家だよ。何で?」
そう聞いて博史は安堵した。とりあえず、佐久間達は我が家から出て行ってくれたようだ。
「それよりも佐藤さんはどこに居るのよ」
「あ、俺は会社に居るんだ。目が醒めたらもう出社時間が迫っててさあ。顔も洗わず慌てて家を出たんだ」
「あ、そうなの。ふーん」
電話の向こうで、佐久間は何となく安心するような気配だった。他人の妻を抱いた事を、博史が知らないとでも思っているのだろうか。
「俺さあ、だいぶ酔っ払ってて覚えてないんだけど、あれからどうしたんだろう?」
博史はかまをかけたつもりだった。ここから話を妻の事に持ち込もうと思ったのである。
しかし──
「ああ、俺と今泉で、佐藤さんを家まで送って・・・少しおじゃましたけど、すぐに帰ったぜ」
佐久間はのうのうとそう言うのである。今朝方、全裸で我が妻の横に寝ていた男がだ。
(こいつ、ふてぶてしい・・・)
確かに妻の足の付け根には、こいつと今泉が放ったであろう粘液が乾いた跡があった。
おまけに妻は寝ながら泣いていたのだ。それをよくも・・・博史はふつふつと沸いてくる怒りに、我を忘れそうになる。だが、ここは冷静にいくべきだと自分に言い聞かせ、続けるのであった。
「あのさあ、俺の嫁さん・・・何か言ってなかった?」
いよいよ本題に切り込むぞと意気込んだ博史。けれども佐久間は、
「ははあ、佐藤さん、そこが気になった訳ね」
などと言い、まるで暖簾に腕押す如く、問いかけをしのぐのである。
「奥さんは怒ってたけど、俺と今泉で何とかなだめたから、安心して帰ってよ」
「へ?何だって?」
「俺たちさあ、佐藤さんを担ぎながら、奥さんに必死に謝ったのさ。旦那さんを連れ出したのは自分たちで、怒るのならどうか自分たちに・・・とね。奥さん、最初は怒ってたけど、最後は笑って許してくれたよ」
何だかおかしな雲行きになってきた。妻を辱めた男たちを責めるはずが、その夫のために尽力したという話になっている。
「あ、あのさあ」
「佐藤さん、あんな良い奥さんがいるんだから、あんまり競馬にのめり込んじゃ駄目だぜ。じゃあ、俺、仕事があるから」
そう言って、佐久間は電話を切ってしまった。博史は携帯を持ったまま、呆然とするばかり。
「なんで?」
妻を抱かれた挙句、たしなめられてどうするのだ。博史はうなだれて、己の不甲斐なさを嘲った。
午後七時。我が家の前まで来た博史は、かれこれ三十分近く玄関で足踏みしていた。
「帰りづらい・・・」
当然である。家の中には明かりがついているので、妻と子が居る事が分かる。台所からカレーの匂いが漂ってきて、何だか食欲をそそってくれるのはありがたいが、しかし、家の中には入りづらくて仕方が無い。すると、この気配に気がついたのか、娘の千晶が台所の窓からひょいと顔を出し、
「パパ!」
と、叫んだ。
「ひッ!」
思わず首をすくめる博史。そこへ、今度は問題の妻が顔を出し、
「あなた、そんな所で何をやってるの?」
と、言うではないか。博史はおそるおそる顔を上げ、エプロン姿の愛妻を見つめる。
「た、ただいま・・・」
「おかえりなさい。今夜はカレーよ」
清美はおたまを持って、ウインクなんぞをしている。今朝、確かに二人の男に挟まれ、寝ながら涙を流していたのが、まるで嘘のようなほがらかさである。
(嘘・・・まさか本当に嘘だったとか)
宿酔いで頭が熱されていたし、幻を見たのかも──いささか都合は良いが、何となくそんな気がしないでもない。もしそうなら、自分と妻、そして愛娘のいる暖かな家庭は、平穏無事という訳である。博史の目の前が、ぱあっと明るくなった。
「そうか・・・そうかもしれないな」
「何をぶつぶつ言ってるの?早く入ったら?」
「パパ、早くテーブルについて」
妻と娘、このかけがえのない二人にいざなわれ、博史は自宅に入った。何という幸福だろう。博史は昨日、この二人をほっぽって競馬に行った事を、激しく悔やんだ。
「あなた、先にお風呂にする?」
「ああ、そうだな。そうさせてもらうよ」
ネクタイを外しながら妻の顔を見ると、三十半ばの割には美しいと思った。惚れて一緒になった仲だ。不美人とはいわないが、十人並みくらいに思っていた。その妻が今夜はやけに美しく見える。
(もう一人、子供が居てもいいよな・・・千晶に弟か妹を・・・)
夜が更ければ、夫婦は褥を共にするだろう。後はその場の成り行きで妻と・・・博史は久しぶりに、下半身に血が滾るのを感じていた。
午前零時。寝室に陣取った博史は、入浴を済ませた妻がベッドへ来るのを待っていた。
「遅いな。何やってるんだろう」
男根はさっきから勃起したままだった。一刻も早く妻を抱きたい。その焦りが、男を駆り立てているのか、気がつけば博史はベッドから起き上がり、妻を探していた。
「おや、客間で物音が・・・」
今朝方と同じく、客間に人の気配があった。襖を開けると、清美がテレビを見ていた。
「あら、あなた」
「何を見てるんだ?」
「面白いものよ。こっちへ来て、一緒にご覧になる?」
テレビからは男の怒声、それに女が許しを乞うような叫びが流れている。画面はピンボケだが、どこかの部屋のような物が映っていた。
「これは・・・」
ピントが徐々に合っていくと、画面内の部屋が、今、居るここだという事が分かった。そして、男は佐久間。女は清美である。
『おい、奥さん。もっと気をいれてしゃぶるんだよ』
『お願いします。もう、許して・・・』
佐久間の球入り男根を顔の前に突きつけられ、清美は泣いていた。となると、これを撮影しているのは今泉に違いない。博史の背に冷たい汗が流れた。
「これは、今日のお昼の事なんだけどね」
清美は他人事のようにテレビを見つめている。生気を失い、まるで人形のような眼差しだった。
「昨夜、一晩中あなたが連れて来たお客さんに悪戯されてね・・・まあ、大変だったわよ」
博史の体が震えている。やはり、今朝のあれは幻などではなかったのだ。
「私、二人の男の人に同時に抱かれたのって、初めてだったわ。おかげさまで、アダルトビデオの女優にでもなった気持ちよ」
画面内の清美は佐久間に髪の毛を掴まれ、布団に引き倒されていた。そこへ、今泉の笑い声が重なる。
「ああ、この時、私・・・無理矢理、お尻の穴を犯されたの。佐久間さんだっけ?あの人に、半日近くお尻の穴を弄られて、その挙句に・・・」
清美の指差す方向に、彼女自身が悶絶するシーンが映し出されている。髪を振り乱し、背後から圧し掛かってくる佐久間に、やめてと懸命に哀願するその悲しい姿といったらない。
「佐久間さんは、アレに・・・変な球が入ってて・・・すごくゴリゴリするのよ。でもね、それが病みつきになるそうよ」
「もうやめよう」
博史がテレビのリモコンを取ろうとした時、清美の目から涙がこぼれた。それに気圧され、思わず博史はリモコンを取り落としてしまう。
「ああ・・・今日は朝から四時ごろまでずっと・・・佐久間さんと今泉さんに・・・」
画面が切り替わり、四つん這いになった清美が前から男根を咥え、背後から別の男に犯される光景になった。カメラは固定で、ひたすら犯される女を中心に映している。
「ねえ、あなた・・・どうして、朝・・・私を助けてくれなかったの?」
その言葉を聞き、博史の心臓は凍りつかんばかりに縮み上がった。妻は気づいていたのだ。夫が自分を見捨てて、あの場を去ってしまった事に。
「そ、それは・・・」
博史は言葉も無かった。事実、清美の言う通りなのだ。自分は妻を見捨てた意気地の無い夫。そう言われれば、ぐうの音も出ない。
「あの時、助けていてくれたら・・・私はあそこまで・・・ううん、私だけじゃない。千晶までもが・・・ううッ・・・」
清美が涙で言葉を詰まらせた。千晶までもが──その先は、何だと言うのだ。気がつくと、いつの間にか博史の背後には愛娘の千晶が居た。
「千晶・・・お前、何かあったのか?」
「・・・」
寝巻き姿の千晶は何も答えなかった。ただ、やたらと股間を気にする仕草をするばかりである。
「お酒臭いおじさんが部屋に入って来たの・・・」
「それで?」
「今日は、学校休めって・・・」
清美に続き、千晶も大粒の涙を流した。博史はそんな愛娘の肩を抱き、
「はっきり言うんだ。何をされた?」
と、凄まじい剣幕で詰め寄った時、背後に嫌な気配を感じ取った。振り向くと、清美が恐ろしい形相で、大きな花瓶を持ってそこに立っているではないか。
「清・・・」
博史が愛する妻の名をすべて言う前に、何かを殴打するような鈍い音が室内を駆け抜ける。その後、音は何度も繰り返され、一分もすると博史は物を言わなくなっていた。
「このクズが」
清美は狂気を目に宿らせ、骸と化したかつての夫を見下ろした。テレビの画面内には、清美と千晶の母娘が尻を並べ、佐久間と今泉、それぞれに圧し掛かられているシーンが映っている。
清美は何でもするから娘だけは許してと叫ぶのに、今泉はそれを笑ってあしらっていた。
あしらいつつ、千晶の純潔を奪っていた。まだ幼い我が娘の操が、母親の目の前で汚される事など、果たしてあって良いのだろうか。清美の顔は、憤怒とやりきれなさで一杯だった。するとこの時、佐久間の携帯が鳴った。発信者は博史である。
午後になって、家の事を心配した博史がかけた、あの電話だった。しかし、佐久間に軽くあしらわれ、妻子の危機を知る事すらかなわなかったのである。清美は犯されながら、この愚鈍な亭主を呪った。殺意を抱いたのも、この瞬間だった。
「ママ・・・パパ、死んじゃったの?」
「ええ・・・でもね、今日、うちにいたおじさんたちが、何とかしてくれるって・・・ほら、お外で車が止まったでしょう?一緒に、玄関までお出迎えしましょうね」
「あたし・・・怖いな」
「大丈夫。ママも一緒よ」
清美は千晶を抱き、これからの事を考えてみる。母娘揃って、あの薄汚い男たちに飼われる他、道は無いように思えるが、いつか反撃の時もくるだろう。それを信じて、清美は千晶を伴って、玄関へと向かった。