弟の願い事 その1
クリスマスイブ。
吉岡秀雄は幼馴染で恋人の安岡恵里沙とデートをしていた。
今は遊園地の観覧車に2人で乗っている。
まだ、2人とも中学生だが、それでもロマンチックな気分になっている。
雪でも降ればさらにいいのにな、と秀雄は贅沢なことを思う。
「あのね、秀雄…私…あなたに話したいことがあるの…」
北欧系とのハーフだという彼女の顔は目鼻立ちがくっきりとして整っている。
そんな彼女の美しい紅茶色の瞳に見つめられて秀雄はドキリとする。
こんな少女が自分の恋人などというのは夢なのではないか、そんなことすら思ってしまう。
「なんだい?」
彼女の美しい瞳を見つめながら秀雄は聞いた。
恵里沙は真剣な表情でいった。
「私、サンタクロースなの」
サンタクロース?
秀雄の脳裏にジングルベルが鳴り響く。
恵里沙を見ても冗談を言っているようには見えない。
「……えっ…?」
それがやっとのことで秀雄が出すことのできた言葉だった。
笑い飛ばすには、恵里沙の表情が真剣すぎるし、他に反応のしようがない。
彼女が「うそうそ、冗談だよ~」とでも言い出すのを期待しても彼女はじっと秀雄を見つめ続ける。
「…そうね、いきなり信じてもらうのは無理よね…」
恵里沙がため息と共にそんなことを言う。
どうやら本気でいっているようだ。
正気でいっているかは大いに疑問があるところだが。
「いや、サンタクロースって…」
「いい?見ててね」
そう言って恵里沙は帽子を取り出す。
それは白いポンポンのついたサンタクロースがかぶるような帽子だった。
それを彼女が被ると彼女の体が一瞬輝く。
「うわっ!」
秀雄は眩しくて目を庇う。
そして、輝きが消えたとき目の前にはサンタクロースのコスプレをした恵里沙がいた。
秀雄は恵里沙を見ながらミニスカートじゃないのか、などとぼんやりと思った。
「恵里沙…?」
「私、ハーフだって知ってるよね?」
恵里沙がそんなことを言い出す。
勿論知っていることなので秀雄は頷く。
「父の家系がサンタクロースをしていてね、今年が私の初仕事なの」
そんな話をされてもにわかに信じがたいが、一瞬でサンタクロースに変身されては信じるしかない。
しかし、どうして今になって言うのだろうか。
秀雄がそんなことを思っているうちに彼女は帽子を外す。
すると、再び彼女が光に包まれて元の服装に戻っていた。
「でも、何で俺に…?」
「秀雄はさ、恋人だから…隠し事はしたくなかったの。私のこと、嫌いになった?」
彼女は恐れるかのように秀雄を見つめる。
秀雄の中には驚きが渦巻いていたが、やがて喜びがそれを上回った。
自分に対してそんな秘密を話してくれたのだ。
「そんなことないよ!俺、恵里沙のこと大好きだよ!」
彼女が愛おしくて仕方ない。
その想いはたとえ彼女がサンタクロースであったとしても変わらない。
恵里沙はうれしそうに笑い、そっと目をつむる。
秀雄は恵里沙の望みを理解して彼女に顔を近づけていき…
「ん…」
キスをした。
「お帰り、兄ちゃん」
秀雄が家に帰ってきたら、弟の誠司が出迎えた。
今日は突然恵里沙から「サンタクロース」だ、などと言われて驚いたが彼は上機嫌だった。
何しろ恵里沙とキスをしたのだから。
そのことを思い出してにやにやしていると誠司に気づかれた。
「どうしたの、兄ちゃん?」
「ん、何でもないよ」
そっけなく応じようとする秀雄。
それでも、嬉しそうな声は隠せない。
「恵里沙お姉ちゃんとデートしたんでしょ?何かあったの?」
「ん~、まあ、な」
「いいなあ、僕も恵里沙お姉ちゃんとデートしたいなぁ」
素直に羨ましがる弟の態度に秀雄は得意になる。
「お前にはまだ早いよ」
弟の誠司は8歳。
恵里沙が誠司のことは昔から可愛がっていたので、誠司もなついているのだ。
「え~、兄ちゃんだけずるいよ」
「はは、サンタさんにでも頼めよ」
先ほどの恵里沙とのやり取りを思い出しながら秀雄は言った。
誠司が驚いたような表情になる。
「サンタクロースっておもちゃをくれるんじゃないの?」
「さあな、とりあえずお願いするのもいいんじゃないか」
冗談で言ったが、誠司は真剣な表情で考え込んでしまった。
秀雄はさっきまでサンタクロースなど信じていなかったが、誠司の態度を見ていると微笑ましくなる。
自分は8歳の頃はサンタクロースを信じていただろうか。
「早く寝ろ。サンタさんは遅くまで起きてる奴のところにはこないんだぞ」
そこのところはどうなのだろう?
今度恵里沙に聞いてみるか。
そんなことを考えていると誠司の「お休みなさい」という声が聞こえた。
こうして、吉岡秀雄の最高のクリスマスイブは終わりを告げた。
翌日。
「兄ちゃん、兄ちゃん!」
弟の興奮した声で目が覚める。
一体何があったというのだろう?
秀雄は耳元で声を出す弟に苛立ちを覚えつつ目を開けた。
「何だよ…?」
声が不機嫌なものとなったのは仕方なかっただろう。
目の前の弟は興奮した様子だった。
そして、なぜか困ったような顔をした恵里沙もいた。
「ええっ!?」
どうして恵里沙がうちにいるんだ?
その疑問に答えるように弟が嬉しそうな声で言った。
「サンタさんが願い事を叶えてくれたんだよ!」
そう言いながら、誠司は恵里沙に抱きつく。
「サンタさん…?」
秀雄はまだ眠くて頭がはっきりとしない。
それともこれは何かの夢だろうか?
「うん!サンタさんに『恵里沙お姉ちゃんと恋人になりたい』ってお願いしたら本当にそうなったんだ!」
そう言って誠司が汚い文字を見せる。
サンタクロースへのお願いが書かれたカードだ。
確かにそこには『えりさお姉ちゃんとこい人になりたい』と書いてあった。
秀雄は呆然とした表情でそれを見つめる。
「嘘だろ…?」
秀雄は思わず恵里沙を見る。
恵里沙は困ったような表情でいる。
否定の言葉が欲しいのに彼女はそれをしない。
「誠司、ちょっと待っててくれ、恵里沙」
そう言って恵里沙を伴い部屋を出る。
廊下は寒かった。
身震いしながら秀雄は恵里沙に質問する。
「一体全体どういうことなんだよ?」
「実はね…初めての担当が誠司君で、誠司君のお願いが、その…」
恋人になりたい、だというのか。
弟は何と自分の冗談を真に受けてしまったというのか。
そして、それを叶えるのが恵里沙の仕事だというのか。
「な、何とかならないのかよ?」
「駄目よ…私の初仕事なのよ?」
そんな馬鹿な。
思わず恵里沙の顔を見つめる。
彼女は今の言葉を覆しそうにも無い。
秀雄はそのまま、キッチンへ向かう。
この時間なら父親が起きて朝食の準備をしているはずだ。
「父さん!」
「お早う秀雄、どうした?」
「恵里沙が…どうして…うちに…?」
父に否定して欲しかったのだ。
恵里沙が秀雄の家にいることを。
「ずっと、恵里沙ちゃんはうちに住んでたじゃないか」
しかし、不思議そうな口調で父は信じられないことを口にする。
「な、なんで…?」
すると父は気遣わしげな表情になる。
「やっぱり、父さんの再婚には反対なのか?」
再婚?
その後父の話を聞くと、どうやら父は恵里沙の母と再婚しておりそのため恵里沙と一緒に住んでいるということなのだそうだ。
確かに自分の母は亡くなっているし、恵里沙の父親も亡くなっている。
だが、結婚などしていない。
そのはずだ。
そこに恵里沙と誠司がやってくる。
「お早うございます、お父さん」
お父さん!?
やっぱり冗談ではないのか?
その日の朝は驚きで食事も何を食べたのか記憶に残らなかった。
しかし、恵里沙の母もごく普通に朝食の席にいたことは秀雄の記憶に残っている。
食後、何とか恵里沙と2人きりになる機会を作り彼女を問いつめた。
「何なんだよ?この世界は?」
「どうもね…誠司君は私と少しでも長く一緒にいたいと思ってるみたいで…」
恵里沙が困ったような顔で言った。
そのために、秀雄の父と恵里沙の母が結婚して恵里沙と一緒に住んでいるということになっているようだ。
「そんな…馬鹿な」
だが、考えを変えれば自分もまた恵里沙と一緒に住めるではないか。
そう考えると悪くは無い、どころか素晴らしいではないか。
秀雄は衝撃から立ち直るとそんな風に前向きに捉えることが出来るようになった。
「キス…しよう」
そんなことを秀雄は思い恵里沙に言った。
さっそく、そのご利益に預かろう。
彼女はためらった後に目をつむる。
そして、先日のように秀雄は自分の顔を恵里沙の顔に近づけていき――
バン、と何かに弾かれた。
しりもちをつく秀雄。
「な、な…」
思わず、しりもちをついたままそんな言葉を繰り返す秀雄。
「秀雄、今の私は誠司君の恋人なの…だから、私たち…キスはできないのよ」
その言葉に衝撃を受ける秀雄。
そんな馬鹿な。
それでは一緒に住みながら自分たちは何もできないのか。
しかも、彼女は『今は弟の恋人だ』と言った。
なんと言うことだ。
自分は弟と恋人がいちゃいちゃするのを指をくわえて見ていなければならないのか。
「それ、いつ終わるんだ?」
「わからないわ。でもね秀雄、私の心はあなたのものだから…信じて」
恵里沙の真摯な言葉に力なく頷く秀雄。
その言葉は大いに彼の慰めとなった。
それに、なんと言っても弟は8歳で恵里沙は自分と同じ14歳。
恋人といっても大したことはできないだろう。
その予想はあっさりと覆された。
その夜。
「恵里沙お姉ちゃん、お風呂に入ろ!」
誠司が恵里沙に抱きつきながら元気よく言った。
弟が恵里沙に抱きついたのも気に食わないが、何よりもその言葉。
お風呂。
一緒に風呂に入るというのだろうか、誠司と恵里沙が。
思わず誠司に詰め寄ろうとする秀雄を恵里沙が引き止める。
そのことにカッとなって恵里沙を睨みつける。
(誠司君はまだ子供よ)
(だけど…)
「早く入ろうよ!」
弟の声が割り込み、恵里沙を連れて行ってしまう。
父と恵里沙の母に救いを求めるように目を見やる。
しかし、2人とも「仲が良い」などと言って微笑ましく見つめている。
秀雄はリビングをでた。
そして、誠司と恵里沙が風呂に入った後、聞き耳を立てた。
秀雄は気にしすぎている。
服を脱ぎながら恵里沙はそう思った。
もちろん、彼が心配しているのは自分をへの愛情から来るものであり、それを考えれば嬉しい。
相手は8歳でしかも彼の弟である。
恵里沙も誠司のことは弟のように可愛がっている。
その弟のような少年が「恵里沙お姉ちゃんと恋人になりたい」だなんて可愛いではないか。
今も誠司は恵里沙をいやらしい目つきで舐めるように見ることも無く、さっさと服を脱いで風呂に入っていった。
そして「お姉ちゃん、早く早く」などと可愛い声で恵里沙に呼びかけている。
邪心があるなら秀雄の方だろうとすら思う。
恵里沙とキスできないと知った時の落胆を見るとまるで、彼女にはキスすることにしか価値がないと考えているのではないかとすら勘ぐってしまう。
勿論、そんなことはないだろうが。
「待っててね、今入るから」
そう言って風呂に入る。
誠司はもう体を洗っていた。
「誠司君、ちゃんと体を洗わないと駄目よ」
「うん!」
誠司は素直に頷く。
素直さという点では秀雄より誠司の方に好感が持てる。
幼さからくる率直さなのかもしれないが、誠司は変な勘繰りをしない。
無論、秀雄にも良いところがあるが。
恵里沙はおざなりに洗っている誠司の体をきちんと洗いなおしてやり、自分の体も洗って浴槽に入る。
浴槽の大きさは十分にあり、2人一緒でも問題は無かった。
「あのさ、恵里沙お姉ちゃん…」
誠司が話しかけてくる。
「なあに、誠司君?」
恵里沙は優しく微笑んで実の姉が弟にするように聞く。
「おっぱい、触ってもいい?」
その言葉に恵里沙は一瞬凍りつく。
相手が秀雄なら下心ありと即座に判断して殴っていたかもしれない。
しかし、年下の誠司を殴るわけにもいかないので、どうしたものかと考える。
「おっぱい…?」
「うん、触ってみたいんだ!」
誠司は元気に言う。
別にいやらしいことを考えて言っているわけではないようだ。
女の子の胸に興味があるのだろう。
恵里沙は自分の胸を見る。
自分の胸はいわゆる貧乳というやつだ。
胸がないことは、恵里沙のコンプレックスとなっていた。
秀雄にはそのことを言っていないが彼はどう思っているのだろうか。
「私は…おっぱい、大きくないよ」
笑って恵里沙は言う。
言っていて悲しくなってくる。
「そんなことないよ」
誠司は笑顔で言う。
曇りの無い心からの言葉。
「僕よりも大きいし、兄ちゃんや父さんよりも大きいよ!」
比較対象があれだが、素直な言葉だったので恵里沙は怒る気にもなれない。
恵里沙は苦笑する。
「男の人と比べても意味がないでしょ」
「そうなの?」
首を傾げる誠司。
「ねっ、触ってもいい?」
相手は小さな子供。
少しくらいはいいか。
そんなことを恵里沙は思った。
「誰にも言っちゃだめだよ?」
そう、念押しする。
もしも誠司が「恵里沙お姉ちゃんのおっぱい触った!」などと触れて回ったら恥ずかしくて死んでしまいそうになるだろうから。
「うん、分かった!恋人同士の秘密だね!」
むしろ口止めされたことを嬉しそうに言う誠司。
その態度を微笑ましいと恵里沙が思った。
そう思っていたら浴槽の中で誠司が胸をペタペタ触り始めた。
くすぐったいなと恵里沙は思った。
誠司の感想は違った。
「柔らかいや…」
感嘆したような声を出す誠司。
そのまま触り続ける。
だが、そのうち誠司の肩が震えてくる。
「誠司君…?」
不思議に思い恵里沙が声をかける。
「うっ……うっ……お母さん…」
その言葉で恵里沙は彼が母親を亡くしていることを思い出す。
自分の胸を触りたいと言い出したのも亡くした母親の面影を求めたのかもしれない。
恵里沙自身、父親を失った時のことを思い出すと今でも胸が締め付けられる。
そして、誠司はまだ8歳なのだ。
誠司は涙をポロポロと流している。
恵里沙はそんな誠司を見つめているうちに、哀れみが増していき、彼を抱きしめた。
「うっ……恵里沙お姉ちゃん…?」
「大丈夫、私がいるし、新しいお母さんもいるでしょう?」
泣きじゃくる誠司を抱きしめる恵里沙。
そして、彼の頭を優しく撫でていく。
やがて、誠司の泣き声も収まっていく。
「ありがとう…恵里沙お姉ちゃん…お姉ちゃんってとっても柔らかいね」
その言葉に微笑む恵里沙。
「あっ…お姉ちゃん!」
急に声が誠司の大きくなる。
そのことに恵里沙は驚く。
「どうしたの?」
「僕が泣いてたこと、内緒だよ!」
子供らしい意地に恵里沙は笑みを深める。
「2人だけの秘密ね」
恵里沙は悪戯っぽく笑って言った。
そうして2人して笑った。
一部始終を盗み聞きしていた秀雄ははらわたの煮えくり返る思いだった。
弟の誠司が自分の恋人である恵里沙と風呂に入ったのも気に食わなかった。
しかも恵里沙は「胸をさわらせろ」という誠司のふざけた要求に従っていたのだ。
自分も恵里沙の胸など触らせてもらったことはないのに…
おまけに2人して楽しそうに笑っていた。
そう、まるで本当の恋人同士のように!
風呂から上がってきた恵里沙を捕まえて秀雄は問い詰めた。
「何で、あいつに胸なんか触らせたんだよ?」
「誠司君はまだ子供じゃない…」
恵里沙は気にしすぎだと言わんばかりの表情だった。
しかし、急に何かに気づいたような表情になる。
「どうして、あなたが知ってるの?」
その言葉に秀雄は少し、気まずい思いをする。
だが、すぐに開き直る。
「恋人の素行を監視してたんだ。何が悪いんだよ」
何の反省も見えない態度に恵里沙は怒りを覚える。
そして秀雄を睨みつける。
「人がお風呂に入ってるのを覗いてたの?」
「何だよ、お前が誠司とべたべたしてたのが悪いんだろ!」
秀雄の態度がだんだんとけんか腰になる。
「あの子はまだ子供よ…秀雄。気にしすぎよ」
恵里沙は呆れたような口調で言う。
「うるさい、この裏切り者!」
思わず手が出る。
秀雄は恵里沙のことを平手で叩いた。
叩いた後、即座に後悔する。
しかし、時間は戻らない。
恵里沙は一瞬、ポカンと口を開けた。
やがて、信じられないという表情を浮かべてその紅茶色の瞳にみるみる涙が溜まっていく。
そこに、誠司がやって来た。
彼は事情を知らないが恵里沙が泣いているのだけは分かった。
「恵里沙お姉ちゃんをいじめるな!」
誠司は兄に食ってかかる。
弟の言い草にカッとなるが、叩いたのはやりすぎたと思っていたので恵里沙に謝る。
「その…ごめん」
頭を下げて謝る。
「いいのよ…私が悪かったもの」
恵里沙が目を赤くしながら力なく言う。
涙を流す恵里沙を見ているうちに後悔が強くなる。
しかし、そんな彼女を慰めたのは弟だった。
「大丈夫、恵里沙お姉ちゃん?」
心配そうに聞く誠司。
恵里沙は泣き腫らした顔でにこりと笑顔をつくって答える。
「ええ、ありがとう。誠司君」
「いこ、お姉ちゃん」
誠司は秀雄を睨みながらそう言う。
恵里沙は一瞬躊躇ったが誠司の手をとった。
こうして、吉岡秀雄の最悪のクリスマスは終わりを告げた。
しかし、彼の最悪な日々は続く。
「あっ……いいっ…いいっ…いいよっ…誠司君」
吉岡秀雄は弟の誠司の部屋の前で立ち尽くしていた。
弟に話があると呼ばれて秀雄がやってきたところ二人は交わっていたのだ。
彼の恋人の安岡恵里沙(いや今は彼女の母が父と結婚しているということになっているから吉岡恵理沙というべきか)がそこにいた。
四つんばいになり獣のような格好でこちらを向いて。
そして、誠司は背後から恵理沙を貫いている。
恵里沙は全く抵抗せずに誠司の行為を受け入れている。
むしろ、彼が腰を動かせば動かすほどに喘ぎ声をあげる。
誠司がこちらに顔を向ける。
「ほら、『元』恋人の兄ちゃんが見てるよ、気持ちいいよね?」
『元』という言葉に力を入れて、誠司は言う。
誠司が腰の動きを激しくする。
「ああん…やっ…違っ……言わないでっ…ああん…ああっ……あん……あん」
2人とも秀雄の目の前で行為を続ける。
淫らな交わりを。
しかし、恵理沙を貫いた状態で唐突に誠司が動きを止める。
彼女が不審を込めて誠司を振り返る。
「嘘ついたらだめだよ、恵理沙お姉ちゃん…こんなにキツク締め付けてさ、兄ちゃんに見られて興奮してるの?」
笑みを浮かべながら誠司が問う。
「ち、違…そうじゃないの…誠司君」
恵理沙が泣き出しそうな表情で誠司になる。
なおも笑みを浮かべつつ、誠司が続ける。
「じゃあ、兄ちゃんの前だし、もうやめた方がいいか…」
そういって、己の肉棒を引き抜こうとする誠司。
「だ、だめ、誠司君…抜かないで」
恵理沙が必死に懇願する。
その懇願に意地の悪い笑みを誠司は浮かべる。
「だって、興奮してないんでしょ…お姉ちゃんはさ…」
「し、してる…してるの…私」
「兄ちゃんに見られながらしてるのに?」
「そう、そうなの…私…私は…」
二人は秀雄を前にしながら、まるで彼がいないかのようにやり取りする。
秀雄はどうしても体を動かすことができない。
(何なんだよ!どうして動かないんだ!)
秀雄は怒りと屈辱に黙って耐えるしかなかった。
「言ってごらん」
優しく笑みを浮かべながら誠司は言う。
「えっ…?」
不思議そうな表情になる恵理沙。
「兄ちゃんに見られながらするのが興奮するって。欲情してるって」
その台詞にためらいを見せる恵理沙。
再び肉棒を引き抜こうとする誠司。
「じゃあ、やめよっか」
「言う、言うの、だからやめないで!」
誠司を止めようとそんな台詞を口走る恵理沙。
沈黙が降りる。
やがて。
「わ、私…秀雄に、秀雄に見られながら…Hすると…興奮するの…私…よ、欲情してる…」
たどたどしく羞恥に顔を染めながら恵理沙は言う。
恋人として屈辱的な台詞を目の前で言われても秀雄は何もできない。
それでも、誠司は動かない。
「誠司君…?」
四つんばいのまま後ろを見やる恵理沙。
「兄ちゃんと向かい合ってるんだからさ、ちゃんと兄ちゃんのこと見て言わなきゃ駄目だよ」
「そ、そんな…」
誠司の言葉に恵理沙はショックを受ける。
それでも恵理沙は再び口を開く。
その瞳をしっかりと秀雄に見据えながら。
「私ね、秀雄に見られながら誠司君とHするとすごく興奮するの…だから、誠司君お願い…」
まるで秀雄に語りかけるように言葉を続ける恵理沙。
秀雄は体をブルブルと震わせることしか出来ない。
「よく言えたね、お姉ちゃん!」
そう言って誠司は腰で恵理沙を突き始める
「あっ……ああっ……ああっ……いいのっ…ああん…私……ああっ」…ああっ…はぁん」
両手で体を支えられなくなった恵理沙は手をついて、上半身で体を支える姿勢になる。
自然と尻を誠司に突き出す格好となる。
(こいつら…!)
秀雄は殺意が湧いてくるがどうしても体が動かない。
(くそっ)
自らは体を動かせずにいるのに、2人は交わり続けている。
「これだけさ、見せ付ければ、兄ちゃんも諦めるよねっ」
激しい突きを入れながら誠司が笑う。
ククッと嘲りを込めて。
貫かれている恵里沙と目が合う。
そこにあるのは欲情。
秀雄を裏切ったことに対する罪悪感の欠片もない。
「ああん……秀雄ぉ……許してぇ…ああっ…はぁん……ああん…ああっ」
恵里沙は口先だけの謝罪の言葉を快楽の中で発する。
もちろん、秀雄は許す気になどなれない。
彼女は快楽に身をゆだねる雌となっているのだから。
(ち、ちくしょう…)
「くっ…お姉ちゃん、出すよ!」
「ああっ……あぁん…はぁん……誠司君の…誠司君の頂戴!」
2人は絶頂を迎える。
誠司は肉棒を引き抜き恵理沙の横に寝そべる。
愛おしそうに互いを見詰め合う。
もはや、秀雄など2人にとっていないも同然の人間だった。
「とっても良かったよ…恵里沙お姉ちゃん」
うっとりと誠司が恵里沙を見つめる。
「私も…」
恵里沙は恥ずかしそうにしながら頷く。
誠司はそんな恵里沙の頭を優しく撫でる。
「お姉ちゃん、お願い…」
誠司は恵里沙を見つめながらそんなことを言い始める。
秀雄には何のことだか見当もつかない。
「うん、分かったよ。誠司君」
そう言って恵里沙は誠司の様々なものが付着した肉棒を丁寧に舐め始める。
丁寧に、丁寧に。
大切なものを扱うように。
「うう…ありがとう、お姉ちゃん」
恵里沙の与える刺激に声をあげながら、誠司は感謝の言葉を言う。
誠司は目をつむり時折うめき声をあげて、恵里沙の奉仕を受ける。
と、誠司は初めて秀雄に気づいたような顔をしてにっこり笑った。
「ありがとう、兄ちゃん」
誠司がお礼を言い出した。
一体、何を考えているのだ。
怒りと不審に駆られる秀雄。
「兄ちゃんに見られてる時にするとね、恵里沙お姉ちゃんの中がギュッてなってすごく良かったんだ」
あまりの言い草に自分の耳がおかしくなったのかとすら秀雄は思った。
これではまるで自分は誠司の快楽を高めるための道具だ。
屈辱と怒りで体が震える。
「恵里沙お姉ちゃんも良かったよね?」
未だに誠司の肉棒を丁寧に舐めている恵里沙に目を向けて言う。
恵里沙は誠司の肉棒から舌を離し、ためらいながらも頷く。
「ほら、兄ちゃんにお礼言わなきゃ」
「…ありがとう秀雄…あのね、あなたのおかげでとっても…気持ち良かったわ」
恥ずかしそうに笑みを浮かべて恵理沙は言う。
体は動かせないが、秀雄の心は悲鳴をあげていた。
(何なんだよ…!こいつら俺に恨みでもあるのかよ!)
「でもさ、これで兄ちゃんがどんな馬鹿でも分かってくれたよね」
笑顔で語りかけてくる誠司。
今度は何を言うつもりなのだ。
「恵里沙お姉ちゃんは僕のものだから。兄ちゃんは諦めてね」
「ごめんなさい…秀雄。私、もうあなたとはだめなの…誠司君はとっても可愛いし、こんなに気持ちよくしてくれるから…」
ごめんなさい、ともう一度笑顔を浮かべながら繰り返す恵里沙。
秀雄の体がわなわなと震える。
「兄ちゃん、邪魔だからあっち行ってよ。今度は二人きりでしたいんだ。
あっ、でもまた後で呼ぶかもしれないから、それまでどっか行ってていいよ」
「そうね…秀雄。私たち二人きりになりたいの…だからお願い」
2人は冷酷な台詞を秀雄に叩きつける。
自分はここまでの仕打ちをされなければいけないことをしたのだろうか?
秀雄はそう自問して即座に否と自答する。
この2人のクズどもが悪い。
憎しみに心を焼かれながらそう結論を出す秀雄。
「今度は2人だけで誰にも邪魔されずにしようね…」
胸を触りながら誠司が恵里沙に囁く。
「あん…もう、誠司君ったら…」
2人で顔を寄せ合いクスクスと楽しそうに笑う。
その笑顔すら秀雄を馬鹿にしたものと感じる。
「ふざけるな!」
そこで目が覚めた。
「はぁ、はぁ」
何と言う夢を見たのだろう。
もちろん夢だ。
まだ8歳の弟があんなことをするはずが無い。
しかし、誠司のことを考えると胸がムカつく。
時計を見るとまだ午前3時。
夢の内容が心に焼きついている。
誠司も恵里沙も寝ているはずだ。
そのはずなのだ。
こんな時間に起きているなどあり得ない。
それに、恵理沙にも平手で叩いたことを何度も謝った。
彼女も許してくれたはずなのだ。
しかし、一度疑惑が生じるとどうしても打ち消せない。
あり得ないことでも、疑いが消えない。
思えば恵里沙がサンタクロースなどということもあり得ないことだった。
そして、弟の願いを叶えるために、秀雄の家に居る事も。
そう思うといても立ってもいられなくなる。
いつの間にか秀雄は恵理沙の部屋の前に立っていた。
寒さに震えながら、聞き耳を立てる。
何の音も聞こえない。
…思い違いかもしれない。
いや、自分の目で確かめなければならない。
秀雄は自分の中に次々と浮かび続ける妄想を断ち切るためにドアを開ける。
キィと微かな音を立てて部屋に入る。
ランプの淡い明かりが部屋を浮かび上がらせている。
そこにいるのは恵理沙。
安らかな表情で眠りについている。
彼女は一人だ。
そんな当たり前のことなのに、秀雄は安堵のあまり涙を流しそうになる。
その安らかな寝顔に愛おしさがこみ上げてくる。
彼女は今、眠っている。
今ならば、キスできるのではないか。
本当の恋人である自分がキスするのだ、何の問題がある。
秀雄はそう思い、彼女の顔にそっと自分の顔を近づける。
だが、あと少しというところで、バンッと恵理沙から弾き飛ばされる。
「うぐあっ」
ドタンと音を立てて倒れる秀雄。
その物音に恵理沙が「ん」と目を開ける。
そして、目を開けた恵理沙の前には不審な人影。
「き、きゃああああああああ!」
恵理沙が叫ぶ。
秀雄は彼女の悲鳴に焦りと同時に憤りも覚える。
確かに、こんな時間に恵理沙の部屋に入ったのは悪かった。
だが、なぜ悲鳴をあげられなければならないのか。
「どうしたの?恵理沙お姉ちゃん…」
誠司が声に気づいてやってきたのだ。
まだ、意識がはっきりしていないようで、目をこすりながら眠そうにしている。
「勝手に人の部屋に入って来ないでよ、馬鹿!」
時計を見て時刻を知った恵理沙が怒鳴った。
その声に誠司がビクッと体を震わせる。
秀雄も驚いたが、同時に誠司の様子にざまを見ろと思った。
「ご、ごめんなさい…僕…僕…」
涙声になる誠司。
恵理沙はそんな誠司に慌てて駆け寄る。
「違うのよ誠司君。あなたに言ったんじゃないの。だから泣かなくていいのよ」
「うう…僕ね、恵理沙お姉ちゃんが心配で、だからね」
しゃくりあげながら誠司が言う。
恵理沙は誠司を抱きしめて優しい声をかける。
「ありがとうね、誠司君。私のために来てくれたんだよね?」
自分に怒鳴ったのか。
恵理沙の台詞の意味を理解する秀雄。
二人を止められない。
今割り込んだら、恵理沙の怒りに油を注ぐことになる。
だから、秀雄は二人を見ることしか出来なかった。
「うん…うん…」
恵理沙は誠司のことを優しくなでながらあやす。
やがて誠司が落ち着きを取り戻す。
「誠司君、ありがとうね…これはお礼よ」
そう言って淡いオレンジの光の下。
恵理沙は誠司の頬にキスをした。
「あ…あ…」
呆然とする誠司。
恵理沙はにっこりと誠司に笑う。
「私はもう大丈夫よ…お休みなさい誠司君」
「う…うん…お休みなさい…お姉ちゃん」
ぼんやりとした声で誠司は挨拶を返して部屋から出て行った。
秀雄は気の狂いそうな思いだった。
夢で見た淫らな交わりよりも先ほどのキスは彼の心を乱した。
性的なものは微塵も感じさせなかったが、恵理沙は優しい表情を誠司に向けていた。
自分にではなく。
それに二人の親密さは嫌になるほど伝わってくる。
まるで秀雄に見せ付けているようだった。
「何でこんな時間にいたの、秀雄」
いつの間にか恵理沙がこちらを向いていた。
その冷たい声には押さえきれない苛立ちと不審があった。
「し、心配だったんだ」
何と言えばいいかわからない。
それでも、夜中にやって来た理由を話そうと彼の中の焦りを言葉にしようとした。
「心配?」
訳がわからないと言った風に恵理沙が言う。
どうして恵理沙は分かってくれないのだろう。
秀雄は切実だが身勝手な想いを抱く。
なぜ、自分の苦しみを理解してくれないのだ。
「お前と、誠司が…二人でいないか」
「こんな時間に?」
恵理沙の声に含まれる不審が強まる。
当然だろう。
8歳の少年がこんな時間に起きているなどありはしない。
焦りからだろうか、秀雄は自分の不安を言語にできない。
ふと、恵理沙の声が優しくなる。
「ねえ…秀雄、正直に言って。あなたも男の子だから、その、そういうことをしたいって気持ちもあるのは分かるの…だからね」
恵理沙は分かってくれない。
秀雄は絶望した。
彼女はは秀雄が夜這いしにきたと思っているのだ。
「違う、そんなんじゃない。俺はお前が誠司と二人きりになるのが不安で…だから」
「どうして正直にいってくれないの?」
何とか理解してもらおうと言葉を探す秀雄を恵理沙は悲しそうな声で遮る。
「もう、出てって」
その言葉は彼女の拒絶の言葉。
今は何を行っても無駄だ。
秀雄はそう思った。
「お休み」
「…お休みなさい、秀雄」
返事があったことだけが秀雄にとっての救いだった。