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まだ尖っては、いない。
まだ充分ではない。
剣に水を掛け、手を前後に動かす度に金臭い匂いと共にシュイっという鋭い音が部屋の中に響き渡る。
放っておいて久しいこの鈍らの剣と共に、自分の心を奮い立たせようとする。

勝てるか?勝てるわけが無いだろう。
お前はただの宿屋を経営している若造だ。
相手を誰だと思っている?あの怪物どもを片手で屠るような奴らだ。
黙っておけ。
黙って我慢をしていれば、そのうち出て行く。
それまでのほんの少しの我慢だ。
そう、あと3日もすれば。
3日もすればあの怪物を倒して、町中の感謝の声と共に出て行くさ。
あの勇者達は。
頭の中で声が響く。

頭の中の声を振り払うように前後に動かす手を早めたその瞬間、後ろから声を掛けられた。
後ろを振り向く。
いつの間にか部屋のドアが開かれていて、そこにサクヤが立っていた。

「サクヤか・・・どうした?」
できる限り明るい声を掛けてやる。
黒眼が印象的なエキゾチックな顔立ち、前髪に軽くウエーブがかかったセミロングの髪、小麦色に焼けた肌、すらりとした肢体。
サクヤは19歳と言う年齢の割りには情熱的とも言える大人びたイメージを持っている美少女だった。
俺より5歳も若いが、その大人びたイメージのせいでそれほど年齢差があるようには周囲には見られない。

彼女は、この宿屋の従業員の一人でありおれの許嫁でもあった。
結婚をするつもりだった。
結婚の予定もあった。
そう、3週間前までは今日この日、結婚式を挙げる予定だった。

「…冬真さん、いってきます。」
そういってサクヤが俯く。
近寄っていってぽんとその頭を撫でてやる。

「そうか、失礼の無いようにな。」
俺の言葉に、ぎゅっと唇を噛み締めたままサクヤが頷く。
動こうとしないサクヤの肩を押して部屋の外に押し出すとようやくサクヤは俺に背を向けた。
のろのろと2階への階段の方へ足を進めている。
このまま行かせるのか。

「耐えろ。」
思わず漏れた俺の言葉にサクヤの肩がびくっと震えた。
どちらかと言えば俺の前では天真爛漫な態度の方が多かった、子供のようにふざけるのが好きだったサクヤがこんなに怯えている。

「すぐに終わる。こんな事はすぐに終わるんだ。そうしたら結婚しよう。」

サクヤの震えが止まる。

「はい、冬真さん。帰りにまた寄りますから。」
俺に背を向けながらそう言って、サクヤは今度はしっかりとした足取りで階段を上っていった。

@@

世界にモンスター、と呼ばれる怪物が出現し始めてからもう5年になる。
それらが本当に文字通り”モンスター”なのかどうかはわからない。
奇怪な姿、過去の文献にあるオークと呼ばれる怪物に擬した姿から、モンスターと呼ばれているだけだ。

2足歩行し、見た目のみで言えば猫背の人間に見えなくも無い立ち姿。
しかし通常の人間のほぼ1.3倍、つまり2メートルを優に超える身長とそれに付随する凶悪な筋肉。
暴力的で野蛮な性格でありながら人語を解し、村々を群れで襲う奴らはまさにモンスターだった。

更に奴らの生殖方法が判明するに連れ王国中をパニックが襲った。
全滅を免れ生き残った村の人間達から、奴らが人間の女に子を産ませる事が判ったのだ。
奴らは村を襲い、食料を奪うだけでなく若い女を自らの巣に浚い、子供を作らせるのだ。
詳細を聞いたものは誰もいないが、町では生まれた子供も又、モンスターであるとか、モンスターどもは、人間にしか子を産ませられないのだという噂まで流れている。

このパニックに対し、当初は散発的な軍の出動対応でモンスターどもを退治しようとしていた王国だったが寧ろ軍の出動は更なる混乱をもたらした。
緒戦にてモンスターどもに散々に打ち負かされた末、軍が駐留した町では略奪が横行し、挙句の果てにクーデター騒ぎまで起きた。
そもそもモンスターどもは普段は山の奥深くや森の中、打ち捨てられた廃墟を住処として小規模な群れを成しているらしく大規模な軍による討伐は現実的ではなかったのだ。

数年間に渡る軍による討伐作戦の後、多大な犠牲を払った王国は軍による討伐を諦め、新たなモンスター対策を打ち出した。

少数の強力な私兵隊によるモンスター討伐組織を作り上げ、虱潰しにモンスターを狩らせる事にしたのだ。
王国は広い。
1対1でモンスターに勝てる事を条件に大きな権力と富を約束した私兵隊に数十人もの志願者が集まった。
王国はその中でも腕利きの5人を【Mut】と名づけ、モンスターどもを狩らせると共に大きな権力を与えた。
つまり、不逮捕特権である。

【Mut】は市民の家に上がりこみ、モンスター退治に必要と思われるものは全て接収する事を許された。
町にある店に対し、要求をする事で武器防具などを破格の値段で受け取る事を得た。
【Mut】はモンスターを狩る為のあらゆる協力を市民から得る事ができる権利を国家から受け取ったのだ。

しかし軍が引き上げた後に自分達を守る手段を失った市民達に【Mut】は熱狂的に迎えられた。
どの町も【Mut】が自らの町に来て、周囲から危険を取り払ってくれる事を望んでいたのだ。
【Mut】がモンスターを退治し、幾つもの町を開放するにつれ、【Mut】の面々はそれぞれ市民達から勇者と崇められるまでになっていた。

@@

「ちょっと失礼するよ」
コンコンというノックの音と同時にドアが開かれる。
慌てて研いでいた剣に袋を被せて隠すと同時に営業的と言っていい笑顔を作り出してから振り返った。
開いたドアの向こうには【Mut】の一人がいた。
知的な眼差しが印象的な、大体年格好は俺と同じくらいであろう青年である。
仲間からはアイスベルクと呼ばれるこの青年はこの町に来た3人の【Mut】の中でも最も年が若く、それでいて【Mut】の中でも一番の実力派だとの専らの噂の人物だ。

「どういたしました?勇者様。」
慌てて前掛けで手を拭きながら駆け寄る。
年恰好が同じでも相手は国を代表し、市民からも熱狂的に支持されている勇者である。
気さくに声など掛けられる相手ではない。

「夜半にすまないが酒をもらいたくてね。」

「それでしたら態々こんな所にまでいらっしゃらなくても・・・」

「サクヤはハルトの相手をしているからね。他の従業員を起こすには忍びない。」

「あっ!」
平然としたアイスベルクの言葉に思わず声を出し慌てて声を噤む。

「助かっているよ、サクヤには。」
俺の反応を知ってか知らずかアイスベルクは言葉を続ける。
この男は俺がサクヤの許嫁だという事も知らないのだ。

当たり前だった。
勇者は希望を口にするだけでいい。
それは市民から与えられるからだ。
市民は断る事など出来ない。
「モンスター退治に必要だから」
そういわれて箪笥の奥の金貨を奪われた市民は言うだろうか。
「それは母の病気の治療代に・・・」
言える筈がない。
市民の事情など、勇者は知らないのだ。

初めて町に来た日、アイスベルクと呼ばれるこの男は勇者に宿を提供できる喜びに身を震わせ、床に這いつくばって挨拶する俺に気さくな感じでこう言った。

「モンスター退治というのも気が張る仕事でね。君達にはただ暴れているだけと思われているだろうけれど。」

「そんな事は・・・御国を守る大事な勤めで御座いましょう。我々も勇者様に守られてようやく日々の暮らしが保たれるので御座います。」

「そういってもらえると助かるよ。所で、頼みがあるんだ。」
そう言うとアイスベルクはまあ、そこの椅子にかけたまえ。
と身振りでそう示した。

「はい。このような薄汚れた宿ですが、お持て成しには自信を持っております。何なりとお申し付け下さいませ。」
ようやく立ち上がり、椅子に座りながらそう言ったこの俺にアイスベルクはやや照れたような表情を見せてこう言ったのだ。

「男3人で旅をしていると困る事があってね。」

「は?」

「いや、君達には判らないかもしれないが幾ら怪物と言えど命を奪う行為というのは楽しいものではない。」
「お察し致します。大変なご苦労がおありでしょう。」

そういうとアイスベルクは逞しく発達した腕で髪を掻き毟った。
綺麗な流れるような金髪が乱れる。
「ああ、単刀直入に言おう。」
「はい、なんでも仰ってください。」

「我々には夜、共に寝てくれる女が必要なのだ。」
「なるほど判りました。」
その程度の事なら何の問題もない。
と共に照れたようにばりばりと髪を掻き毟る彼に少し可笑しくなった。
そうか、勇者様ともなると娼館に行く事もままなるまい。

「この町にも娼館はいくつか御座います。そこから毎夜、呼ぶように致しましょう。勇者様ともなるとお目は高いでしょうが、この町にもそう悪くない娘達がいるのですよ。」
相手の照れを覆い隠してあげるように下卑た口調を使う。
これも客商売の一つだ。

と、その瞬間アイスベルクはぬっと手を前に差し出してきた。
「いや、それには及ばない。というかそれ、困るんだよ。」

「は?と、申しますと」

「この宿屋は我々が借り切っている。まあ怪物どもを退治するのに1週間、といった所か。」
「はい。光栄で御座います。」
その時の俺は1週間と言わず1月でも1年でもいてもらいたい気分だった。
勇者が止まったと為ればハクが付くし、売り上げに相当する額は国から税金の免除と言う形で補填される。
「市民は固唾を呑んでこの宿屋を見守っているだろう。そこに毎夜毎夜娼婦が出入りしてみろ、どうなる。」

「そ、それは判らぬように」
そう言った俺にアイスベルクは首を振った。
「俺達に抱かれた娼婦が口を噤むか?娼館の主が黙っているか?」
「そ、それは・・・」

「市民の味方でいる以上、私達は娼婦を買う訳にはいかないんだ。」
でだ。
とアイスベルクは続けた。
「ここの宿屋には若い娘がいたな。玄関で立ち働いていた娘だ。あれを借り受けたい。」

「いや、それは!ご心配でしたら他の町の娼館に何とか口を通すように致しますから」
思わず出した高い声にアイスベルクは言った。

「判っている。判っているよ店主。店主の真面目さは私も先ほどから聞いてようく判ったつもりだ。幾ら飯炊き娘だからと言っても従業員に余計な負担を掛けさせたくないのだろう。だから3人とは言わない。あの娘1人でいい。」

「いや、も・・・申し訳も御座いませんがそのお申し出だけは」
その瞬間、アイスベルクが凄まじい目つきで俺を睨みつけた。
この一般市民とはいえ、荒くれどもを相手に宿屋を張ってきた俺が一度も見たことの無いような死を孕んだ目つき。

「さっきも言ったが、幾らモンスターと言っても人間の姿をしている敵、殺すのには覚悟がいる。自らの故郷でもない町で死を覚悟して宿を出て、命を奪う覚悟で何匹いるかわからないモンスターどもの巣に乗り込んでいく。我々は攻撃的になったその精神を夜正常に戻す為に女が必要なのだ。」

切りつけるように放たれたその言葉に俺はうな垂れた。
自分が追い詰められた事を悟った。
うな垂れた俺を見てアイスベルクがうって変わった軽い調子で言葉を続ける。

「それに毎日3人を相手しろと言うわけではない。俺達は3人、役割分担が出来ていてね。モンスターどもを殺すのは大体1人づつなのさ。だからまあ、一日一人、多くて二人だと思ってもらって良い。若い娘さんだ、その位体力は持つさ。それにこの町が平和になるまでだ。」

 

「君は心配しているかもしれないが、若い娘の事、店主である君が言えば自分に言い訳も立つし思ったより思い詰めないものだよ。無論抱かれた事は言えまいが、現に他の町では俺達が泊まった宿の評判が上がってそこで働く娘さん達が良い嫁ぎ先に嫁いで行ったなんて話もあるみたいだよ。だから後のことは心配が要らない。」
そんな事まで言う。

心臓がばくばくとして声が出なかった。
あまりにあからさまな言葉に我を失いかけていたと言っていい。
うな垂れて動かない俺の態度を了承したと受け取ったのか、アイスベルクは「ははは」と笑った。

「いや、助かった助かった。あいつらは無骨者でさ。こういう役割はいつも俺なのだよ。」
そういって手を振りながらははと笑う。

俺に断る術などなかった。
たとえ勇者の言っているその女が、サクヤの事だったとしても。

その夜、サクヤの処女は散らされた。
後日、アイスベルクが軽い口調でそう言った事で、アイスベルクが相手だった事を知った。

@@

「酒は、2階の僕の部屋にもってきてくれたまえ。」
暫く俺を相手にモンスター退治の冒険譚などを語った後、アイスベルクはそう言って去っていった。

その背中に頭を下げてから台所に入り3人分の酒と簡単なつまみを作る。
2階に上がるのは気が重かった。
勇者ハルトの部屋はアイスベルクの部屋の手前にある。
ハルトはアイスベルクと違い、隆々とした筋肉が印象的な正に戦士という呼び名が相応しい30過ぎの大男だ。
大きな斧を振り回してモンスターと戦うという。
額の広いやや下卑た顔をしているが、髭面と体の大きさから将軍と呼ばれても可笑しくないような不思議な貫禄がある。
通常の男であれば睨みつけて怒鳴るだけで一たまりも無くなってしまうだろう。

その男に今夜、サクヤが抱かれていると言う。
サクヤが抱かれている部屋の前を通らなくてはならない事がたまらなく嫌だった。

それでも行かなくては為らない。
ワインとつまみである牛肉のジャーキーを盆に載せ、そろりそろりと階段を上がった。
サクヤに気がつかれるのが嫌だった。
もし自分が抱かれている部屋の前を俺が通ったと知ったら。
ただでさえサクヤは決して抱かれた事を俺には言わない。
どうなってしまうか判らなかった。

ハルトの部屋は暗かった。
物音の何も聞こえない事をほっとしながら、同時に立ちくらみを思わせるような心臓の重さを感じて俺は立ち止まった。
この部屋の中で、サクヤが抱かれているのかもしれない。

『もうすぐだ、もうすぐモンスターたちはいなくなると、アイスベルクは言った。』

頭を振り、足を進める。
もう一人の勇者であるヒンメルの部屋には明かりがついていた。
アイスベルクの部屋の前に立ち、ドアをノックする。

「アイスベルク様、お酒をお持ちいたしました。」

その瞬間、「いやっ!」という高い声がした。
さっと貧血のように血が足の方に下がるのを感じる。
胃から血が抜けていくような重み。
サクヤの声だった。
盆を取り落とさないようにしろ!と頭の中の誰かが俺に命令し、手に何とか力を入れて再度ドアをノックする。
「おお、ご苦労様。すまないね。」
出てきたのはアイスベルクだった。
先ほどと同じ格好のままだ。
入ってその盆を置いてくれたまえとの言葉に部屋の中に目をやる。
さっきの声は?勘違いか?

そう思い部屋に入った瞬間、がつんと殴られるような光景が目に入ってきた。
ベッドの上にはシーツが掛けてあったが、その中に人がいた。
シーツから突き出る半ばまで禿げ上がった頭、後ろから見ても判るような髭面。
山のような大きさの体。
その体がシーツの中で上下に激しく動いていた。

そのシーツの、その山のような男の体の下。
滑らかな黒髪がその動きにあわせて激しく踊るように動いているシーツから小麦色に焼けた細く、それでいて柔らかそうな腕が出てきて激しい動きに翻弄されながらシーツを掴んだ。
シーツを持ち上げ上の男ごと体を隠すように引っ張り上げるその動きの一瞬、シーツの下がちらりと覗け、向こうを向いているサクヤの頭の後ろが見えた。

そ、そんな。
こんな人が2人いるような部屋でサクヤは抱かれているのか。
呆然と立ちすくむ俺にアイスベルクは言い訳をするような口調で言った。
「いや、違うんだ。店主。今日はモンスターの抵抗が激しくてね。私とハルクが奮戦しなくてはならなかった。大変だが今日は二人を相手にしてもらおうと、そう思ったんだ。」

「そ、そんな」
こんなサクヤを嬲るような・・・一人づつが部屋に呼べばよいではないか。
しかも、こんなに激しく動いて、サクヤは大丈夫なのか。
支離滅裂とした思考が激しく頭を切り裂く。
いまだ激しく動くシーツから目が離せず、頭が真っ白になったまま立ち尽くす。

「ほら、ハルト。酒が来たぞ。いい加減にしないか!」
俺が動かないからだろう。
アイスベルクが盆を受け取りながら声をかける。

その声を聞いてか、「む?」という声の後、激しく動いていたシーツの動きがゆっくりと止まった。
「酒か。」
バサリ、とシーツを捲ると同時に立ち上がる。
一瞬、シーツの下のサクヤの全裸が露になった。
小麦色に焼けた滑らかな腕と太腿、そしてそれをコントラストを為すような普段日に晒す事の無い胸や引き締まった腹の雪肌が目に飛び込む。
サクヤが慌ててツンと形よく上を向いた双乳を片手で隠し広げた足を閉じるその一瞬前、正に男に組み敷かれたままの格好が目に焼きつく。

「いやっ!」
そういいながらシーツを体に巻きつけるようにして体を隠す。
頭まで巻きつけ、完全に体がシーツの下に隠れるようにして身動きもしない。

「ご苦労だな。」
横、しかもかなり上の方から掛けられた声に正気に戻った。
自分の体がきしむブリキの人形のように動くのを感じる。
ぎぎぎと音を立てているんじゃないか。
と頭の隅で感じながら声を掛けられた方を向くと、全裸のハルトが銀貨を持って立っていた。
それを数枚、ちりんと俺の左手に置いた。

この男が、今。
いやおうなしに一物に目が行った。
俺のものの優に倍はあるだろうか、正に隆起していると言う言葉そのもののようにそそり立っている。
それがぬとぬとと濡れ光っていた。

俺の視線を感じたのか「む。」と照れたように言うと先ほどまで着ていたものだろうか。
シャツを手にとってごしごしと一物を擦った。
ぬめりを取るように股間の奥の方まで拭いていく。

「店主、最初はどうなるかと思ったが3週間も経ち、慣れたようだ。」
もうすぐいく事も覚えそうでな。
とまるで俺を褒めるように声を掛ける。

い、いくっていうのはサクヤがか。

「あんなに責めたら女はすぐにいくようになってしまうさ。なあ。今日は僕もいるんだからほどほどにしてあげなきゃあ。」
ははは、とアイスベルクが混ぜ返す。

ひとしきりハルトと冗談を交わした後、アイスベルクはもう行っていいと言う風に手を振った。
頭を下げて部屋を出て行く。

階段まで到達した所で、盆を忘れた事に気が付いた。
アイスベルクの部屋の前まで戻り、ノックをしようとして部屋から漏れてくる声に思いとどまった。

「いつまでシーツをかぶってるんだ?こちらに来て酌をしてくれ。」
「ひ、酷い、ひどう御座います。勇者様。そんな、私見、見られて・・・」

「ふふふ、ノックされた瞬間、きゅっと締まったぞ。サクヤの良く締まるあれが。」
「いやあ・・・」
「ふふ、こいつ枕を噛み締めながら必死で声を抑えおってな。」
「ははははは」

ノックしようとした手を下ろし、そっと踵を返した。
音がしないように階段を下り、部屋へ戻る。
ドアを閉めた後、左手に握り締めていた銀貨を力の限り部屋の壁に投げつけた。

くっくっと笑うような声が自然と部屋から沸き起こり、それが自分の喉から出ている事に暫く気が付かなかった。

よろよろと部屋を彷徨うように歩きながら袋の下に隠された剣を取り出す。
バケツの水を掬い、ぴかぴかと光る剣に振り掛ける。

砥ぎ石に剣を下ろし、両手の力を入れて前後に動かす。
もう、研ぐ場所も無い位に鋭く尖った剣を。

自分の口の中の呟きが頭の中でリフレインする。
「まだ尖っては、いない。」
「まだ充分ではない。」
剣に水を掛け、手を前後に動かす度に金臭い匂いと共にシュイっという鋭い音が部屋の中に響き渡る。

もう、判っている。
俺が勇者に切りつける事など出来ない。
俺に出来るのは鋭く尖り、ぴかぴかと光っている手元の剣を砥ぎ、呟き祈る事だけ。

「まだ尖っては、いない。」
「まだ充分ではない。」

そう、祈るだけだ。

モンスターがいなくなる事を。

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